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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2783号 判決 1961年12月11日

判  決

東京都文京区竹早町五三番地

控訴人

瑞穂産業株式会社

右代表者代表取締役

大国皓造

右訴訟代理人弁護士

井上福太郎

岡部邦之

東京都千代田区神田五軒町二五番地一

被控訴人

富士電興株式会社

右代表者代表取締役

林太郎

右訴訟代理人弁護士

戸田謙

中村巌

右訴訟復代理人弁護士

工藤勇治

右当事者間の土地建物所有権移転登記抹消登記請求等控訴事件につき、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審と被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張(中略)は、左記のほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。(中略)

控訴代理人は、

昭和三四年二月一四日控訴人と忠雄および鈴子間に締結された代物弁済に関する契約は、代物弁済の予約である。その代物弁済額については、当該物件の時価によるものとし、時価が債権金額より大きい場合は、当該物件を債権者に引渡した後、債権者は債務者にその差額を返済することと約定されていたのである。昭和三五年五月一二日の代物弁済契約は、右の予約を完結したものである。したがつて右代物弁済の評価額は、「昭和三五年五月一二日現在における本件物件の客観的な時価」と決定されたのである。特定時における特定物件の時価、唯一不二の特定金額であつて、その算定は可能であるから、原判決のように、本件代物弁済契約が弁済額の不確定な状態でなされたものというのは誤りである。なお、控訴人がその後訴外東京建物株式会社に鑑定してもらつたところによれば、昭和三五年五月一二日当時の本件物件全体の時価は、金四二七万円であり、したがつて本件代物弁済による弁済額は、金四二七万円である、

と述べ(証拠省略)

被控訴代理人は、

本件代物弁済による弁済額が金四二七万円であるとの控訴人の主張は、否認する。当時控訴人は、不二無線株式会社に対し約六七〇万円の債権を有していたが、そのころ控訴人は右会社から約三〇〇万円の債権の譲渡を受け、その差額は、金三七〇万円であつたから、本件物件が金四二七万円で譲渡されるということはあり得ないことである。なお、物件の時価は客観的に算定できるから、時価をもつてする代物弁済はその時価をいつ算定するにせよ、弁済額の不確定なものではない、との控訴人の主張は、詭弁である。と述べた。(証拠省略)

理由

一、原判決添付別紙物件目録記載の各物件について、控訴人のために被控訴人主張のとおりの各所有権取得登記が現存することについては、当事者間に争いがない。

(証拠)によれば、被控訴人は、訴外藤岡忠雄、藤岡鈴子の両名に対し、その主張どおりの債権を有する債権者であることが認められる。

二、つぎに、鈴子の所有にかかる前記物件目録第一、第二記載の各物件についてなされた本件代物弁済ないしそれを原因とする前記各登記が、忠雄の無権限行為にもとずくものであつて無効であることを前提とする被控訴人の請求ならびに本件代物弁済がいわゆる通謀虚偽表示であつて無効であることを前提とする被控訴人の代位請求については、当裁判所も、原判決と同じ理由により、こさを棄却すべきものと認めるのでこの点に関する原判決理由(中略)をここに引用する。

三、そこで詐害行為取消にもとずく被控訴人の請求について判断する。

被控訴人が忠雄、鈴子の両名の債権者であることは、前叙のとおりであり、(証拠)によれば、忠雄、鈴子の両名は本件各物件以外に見るべき資産を有せず、これを失えば、被控訴人その他の債権者に対し事実上弁済の道がなくなることを知りながら本他代物弁済契約をしたものであることが認められる。ところで控訴人は、本件代物弁済契約は、忠雄、鈴子の正当な債務弁済であるから詐害行為に該当しないと主張するのでこれについて検討する。(証拠)によれば、忠雄、鈴子の両名は、不二無線株式会社が被控訴人から買入れる各種家庭用電気器具買掛代金債務の担保のため、昭和三四年二月一四日本件各物件につき、控訴人のため、極度額金三〇〇万円の第一順位の根抵当権を設定した際これと同時に、控訴人との間に、控訴人が右根抵当権を実行し得る場合には、控訴人の任意の選択によつて、右実行に代えて右抵当物件たる本件各物件を時価によつて代物弁済として控訴人が取得できるものとし、時価が債権額を超える場合は、控訴人は当該物件の引渡を受けた後その差額金を忠雄、鈴子の両名に返還する、との合意のなされたことが認められ、弁論の全趣旨によると右合意は、控訴人からの代物弁済の申込に対し忠雄、鈴子の両名は承諾する義務を負う趣旨の代物弁済予約と考えられるのであるが、右予約のなされた当時、それが忠雄、鈴子の両名に対する控訴人以外の債権者を害するものであつたことを窺わせるような証拠はない。しかして(証拠)を併せてみると、昭和三五年五月はじめころ、控訴人の不二無線に対する弁済期到来の売掛代金債権は、約六七〇万円に達していたが、当時不二無線は、事実上到産状態にあつたので控訴人は右売掛代金の回収を図るため前叙代物弁済予約にもとずく権利の行使として忠雄、鈴子の両名に対し右予約を完結する契約の締結を求め、右両名もこれに応じてそのころ本件各物件の時価をもつて弁済額とする本件代物弁済契約の締結をみたことが認められる。尤も(証拠)によれば、忠雄、鈴子の両名は控訴人からゆくゆくは不二無線の営業を継続していけるように援助してやるといわれ、また本件各物件の買戻しの機会も与えるといわれたので控訴人の代物弁済の申出に応じたことが窺われるけれども、それは、単に忠雄、鈴子の両名が前叙代物弁済予約にもとずく義務を履行するに至つた縁由に過ぎないものとみるを相当とし、本件代物弁済が前叙代物弁済予約の完結としてなされたものと認定することの妨げとはならない。

ところで債権者が他の債権者が害しないような状況のもとで債務者と締結した前叙のような代物弁済予約にもとずいて債務者に対して代物弁済を求めることは、債権者として正当な権利行使というべきであり、また、債務者としてもそれに応ずることは当然の義務履行というべきであるから、前叙のような代物弁済予約にもとずく代物弁済は、たといそれによつて他の債権者の一般担保を減少ないし喪失せしめ、事実上弁済の道を断つとしても、債務者が一債権者と通謀して他の債権者を害する意思をもつてこれをしたものと認められるような特段の事情のない限りは、詐害行為にならないものと解するを相当とする。

いま本件についてこれをみるに、本件代物弁済契約においては、本件各物件をもつてする弁済額につき単にその時価と決めただけであることは前叙認定のとおりであるが、特定時点における特定物件の時価は、後日になつても客観的な数値をもつて捕捉、確定し得る性質のものであることはいうまでもなく、殊に本件の場合のように代物弁済に当り物件の時価が債権額を超えるときには、債権者がその差額金を債務者に返還する旨の特約の存する場合には、債権者債務者が後日不当な価額をもつて目的物件の時価と協定する懸念は、まずないといつてよいから本件代物弁済契約において本件各物件の時価が具体的に確定されなかつたからといつて直ちに本件代物弁済を詐害行為と目すべき前叙特段の事情があるということはできない。しかして本件代物弁済契約締結の当時控訴人が不二無線に対して有していた売掛代金債権は、約六七〇万円であつたこと前叙のとおりであるが、(証拠)によれば、当時における本件各物件の時価合計額は、約四二七万円と認められ、(中略)したがつて本件各物件による代物弁済は控訴人の前記売掛代金債権を完済するに足りなかつたものであることが明らかである。この点に関し、被控訴人は、控訴人はそのころ不二無線からその第三者に対する約三〇〇万円の債権の譲渡を受けたものであると主張し、(省略)の各供述によると、被控訴人の右主張事実は認め得るが、しかしながら右各供述によれば、右譲渡にかかる債権の中には取立の見込のないようなものが相当多数含まれていたことから、控訴人の不二無線は、その際の債権譲渡をば一応のものとし(それによつて直ちに控訴人の不二無線に対する前記売掛代金債権に対する弁済の効果を生じさせないとの趣旨)、その後昭和三五年六月末ころに至り、はじめて、控訴人は、右譲渡にかかる債権の中取立の可能な金一二五万円の債権をば控訴人の不二無線に対する弁済として確定的に受けたことが認められるのであつて、右のように控訴人が不二無線から確定的に譲受けた債権の額と本件各物件の前記時価との合算額をもつてしても控訴人の不二無線に対する前記売掛代金債権に達しないこと計数上明白である。なおまた、控訴人が本件各物件につき第一順位にして極度額金三〇〇万円の根抵当権を有したものであることも看過することはできない。以上るゝ説明したが、これを要するに、本件代物弁済については、これを詐害行為と認むべき前叙の特段の事情は認められず、本件代物弁済は忠雄、鈴子の正当な債務弁済ではないとの控訴人の前記主張は正当である。

されば本件代物弁済が詐害行為であることを前提とする被控訴人の請求も理由なく、棄却を免れないものである。

四、以上のとおりであつて原判決は不当である(ただし、前記二で判示の請求につき、原判決がその理由中で排斥した部分は相当)からこれを取消して被控訴人の請求をすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のように判決する。

東京高等裁判所第九民事部

裁判長裁判官 菊池庚子三

裁判官 加 藤 隆 司

裁判官 宮 崎 富 哉

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